内なる言葉

この週末、積ん読状態であった本を一気に読んだ。その中に、コピーライターである梅田悟司氏の『「言葉にできる」は武器になる』があった。そこには『言葉には「内なる言葉」と「外に向かう言葉」の2種類がある。』『スキルで言葉を磨くには限界がある。』『考えているのではない。頭の中で「内なる言葉」を発しているのだ。』『「内なる言葉」を意識し磨くことが大切』「言葉が意見を伝える道具であるならば、まず意見を育てる必要がある」といった主張が並ぶ。確かに、考えるという行為は、言葉を使って行われている。また他愛もない日々の状況や感情も、全て言葉で表されている。豊富な語彙と表現力豊かな言葉が、深い思考を生むことには頷くことができる。
時同じくして、仕事の関係で(本当です)よく洋画を見た。そのセリフを聞いていると、英語話者は実に多くの「内なる言葉」を持ち、そしてそれらを外に向けて発していることがわかる。日本語話者は、おそらく「内なる言葉」を持たないか、心の中だけで発する傾向が強い。一方英語話者は言葉として実によく発し、多くの場合他者に伝えている。一匹の子猫を見たとき、何も感じず言葉を持たない人、「かわいいな」とだけ感じる人、そして「白と茶色のコントラストがきれいだな。何という種類の猫だろう。どこから来たのだろう。親猫はどうしたのだろう。」などと感じる(考える)人では、思考力や表現力に差が生じるのは当然のように思われる。
日本語話者は、まずは「内なる言葉」を持つこと・発する習慣を身につけること(=考えること)が最優先である。そして、その伝えたい内容や思いを、英語に乗せて上手に伝える技術を鍛えていくという姿勢が大切ではないか。それが英語上達の秘訣であるとも感じる。次の授業で試したいことがまた増え、楽しみができた。

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